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  医療や福祉制度を利用する上での質問

Q3:薬を変えることを検討しています。皆さんの経験を教えてください。
 
 
2006年4月4日掲載

かず
30代

2003年8月にもアンサーを書きましたが、あれからまた色々と薬を変えました。ちょっと長くて分かりづらいかもしれないですが、僕の薬を変えた履歴です。

2002年1月投薬開始時…3TC/d4T/カレトラ
2003年3月頃…3TC/d4T/エファビレンツ
2003年4月頃…コンビビル/エファビレンツ
2003年5月頃…3TC/d4T/エファビレンツ
2003年6月頃…3TC/AZT/エファビレンツ
2003年9月頃…3TC/AZT/エファビレンツ/ABC
2003年12月頃…3TC/ABC/エファビレンツ
2004年8月頃…3TC/ABC/レイアタッツ/ノービア
2004年9月頃…3TC/ABC/エファビレンツ
2005年1月頃…エプジコム/エファビレンツ
(抗HIV薬一覧参照

2003年3月頃の変更は中性脂肪値が上がったから変更、2003年4月頃の変更はリポジストロフィーが目立ったので変更、2003年5月頃の変更はコンビビルが身体に合わなかったので変更、2003年9月頃はウィルス量が下がらないから一錠追加、2003年12月頃はウイルス量が安定した事と、貧血が現れたのでAZTを中止、2004年8月頃はレイアタッツが身体に合わなかったので、エファビレンツに変更、2005年1月頃の変更はエプジコムが3TC/ABCの合剤が出たので変更しました。

これらしょっちゅう薬剤を変更出来たのは、ウィルス量がコントロール出来ているからだ、と言う事です。現在もそれほど問題なく投薬を続けられています。

2004年3月15日掲載

遅くてゴメン
38歳

〜医師の勧めを断った理由〜
投薬 AZT/3TC/NFV(ネルフィナビル)を開始して6週間でウ イルス量が400になり、その後すぐに50未満になった。大した副作用もなく、告知直後の精神的なショックも忘れかけて いた頃、再びウイルス量が50を越えた。身体のこと、副作用 ・投薬の継続のことを考えて、収入が減るのにもかかわらず転 職までして、その上、一度も薬を飲み忘れたことがないのに、 2年も経たないうちに薬が効かなくなってきたのか?そのショ ックは私には、告知のショックよりも大きかった。

ウイルス量が50以上になってから4ヶ月経過すると主治医か ら薬の変更を示唆された。ただ私は、どうしても薬を変更する気にはなれなかった。50以上といっても400以下だったし 、副作用を副作用と思わなくなっていて、服薬継続に一切の困 難を感じなくなっていたからだ。薬を変えて、また新しい副作 用に悩まされるのが嫌だった。また、NFVが効かなくなるとさ れている30番のアミノ酸変異が起きていなかったので、NFV をあきらめることはできなかった。

その後も、医師は変更を示唆し続けてが、何やかんやと理由を つけて、私は断り続けた。医師は最初、私が薬を飲み忘れてい ると疑っていたようである。その疑いも晴れたようで、そのう ちに、医師も私にまかせるといった態度にかわり、4年経った 今でも変えていない。ウイルス量はその間、300から1200を行ったり来たりである。

私はウイルス量を会社のパソコンにエクセルで記録しており、 折れ線グラフをつくって楽しんでいる。折れ線は非常にギザギ ザだが、そのトレンドは緩やかに右上がりである。薬を変更す る日は、いつの日かやってくるだろう。そのときは、私は私の 意思で変更を決定する。あらゆる選択の結果は、私自身が受け止めるからである。副作用で苦しむのは私であり、服薬の困難 さから服薬を中断した際の結果を受け止めるのも私である。医師ではない。医師は大切なアドバイザーであるが、医師の意思 は、私の意思ではない。

最近薬を変えてもいいかなと思うようになった。それは自慢の 太ももが細くなってきたからだ。脚の脂肪が落ちにくい薬に変えてみてもいいかも。でも、このままでもいいかな。NFVのメ ーカーはブラジル政府との交渉に応じて値段を下げたりして、 世界中でたくさんの人々を救うのに貢献しているんだから。こんなことが、私の薬の選択に影響しているとは、白い巨塔の中にいる医師たちには考えも及ばないことだろうな。

2003年9月11日掲載

こう
20代後半
埼玉在住

服薬を始めて約一年四ヶ月です。副作用に伴い、薬を変更しました。 EFV、d4T、3TCの組み合わせで一年ぐらい続けましたが、手足の痺れや気だるさを感じ出しました。 いわゆる乳酸アシドーシスです。乳酸の値が高いままあまり変化しなかったので、 d4T→ddi→AZTと変えました。

折角慣れてきた薬を変えることに抵抗はありました。 だけど副作用を我慢するのもしんどいので、変更して副作用が楽になるなら無理せず に切り替えてよかったと思います。

2003年8月1日掲載

揺れながら…
40代
男性
東京都内在住

2001年6月から服薬を開始し、2003年の7月現在で、約2年間服薬を続けています。数値については、当初、CD4が30ほどで、ウイルス量が50万余というひどいものでしたが、服薬1ヵ月後には、ウイルス量は2000程度にまで減少しさらに減少を続け、CD4は現在300を超えています。体調は良好なのですが、昨年あたりからリポジストロフィーのために、頬がこけ腕が細くなり、腹部が出るというリポ特有の副作用に悩まされています。服薬開始時から、(1)エファビレンツ(ストックリン)、(2)d4T、(3)3TCという3剤服用を続けて来て、よい結果を伸ばしてきましたのですが、どうやら(2)d4Tがリポを引き起こしやすいという話を医師から聞かされ、(2)だけを昨年末に「AZT」に換えました。しかし、AZTを服用し始めて1ヵ月ほどで、ヘモグロビンが急速に低下し始め、貧血を引き起こしそうになりました。そこでいったんAZTをd4Tに戻し、気候がよくなった時節を見計らって、再度、AZTをアバカビルに換えました。アバカビルは、合う合わないという個人差があるようで、合わない場合にいったん服薬を中止したら二度と服薬してはいけないという厳しい条件付きの薬です。合わない場合、つまり副作用については、発疹が出た場合が特に要注意で、その他、発熱など色々とあるようです。私の場合、服薬の3日後に腕と太ももの内側にうっすらと発疹らしきものが出ました。しかし、慌てずに様子を見て、2週間後に医師と相談して、そのまま続けています。現在のところ、薄い発疹はあるものの問題はないようです。

以上の私の経験から言えることは、(1)AZTは、人によっては急速にヘモグロビンが減少するのでその点に注意すること、(2) アバカビルは、発疹が極端でない場合は、自分の判断だけで服薬を中止してしまわないで、なるべく早く医師の相談すること、(3)薬を換える場合は、自分なりに体調のよい時期を選び、風邪をひきやすい季節などを避けるようにすること、などでしょうか。

それから、一番言いたいことは、医師と言えども、医師自身は各HIVの薬を服用した経験がないので、感染者が自分自身の感覚を大切にし、それを過信することなく、冷静に判断することではないでしょうか。医師は多くの患者の副作用の症例を見てはいますが、それはしょせん他人事なのです。エファビレンツによる悪夢も、その他の服薬による下痢や発熱なども、医師自身は経験していないという点をお忘れなく。むろん医師を信頼することは大切ですが任せ切りにせず、自分自身の感覚も大切にして、積極的に医師と相談しながら「自分で選択していく姿勢」が大切だと、私は考えています。


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2003年8月1日掲載

かず
30代

東京在住

2001年10月に告知され、エイズを発症こそしませんでしたが、すぐに投薬が必要なくらいCD4が低く、投薬直前は一桁まで下がりました。

バクタなどの薬が身体に合わず、投薬が少し遅れて、2002年1月から始めました。最初は3TC・d4T・カレトラを服用していましたが、一年経ってから、リポジストロフィーの心配(実際に腕やふくらはぎなどに血管が目立つようになりました)や、中性脂肪値の上昇などもあって、薬を変える事にしました。

まず、カレトラをエファビレンツ(ストックリン)に変えて、3ヶ月様子を見ましたが、特に重篤な副作用もなく、今度は3TC・d4Tをコンビビルに変えました。ところが、変えてからほどなく身体が非常に疲れやすくなり、急遽3TC・d4Tに戻し、体調を整え、コンビビルと同じ成分ですが3TC・AZT(×2)に変えました。

その後はこれと言った症状はなく、現在は3TC・AZT (×2)・エファビレンツで治療をしています。


2003年8月1日掲載

キトキトの魚
東京
30代

薬を飲み始めて2年余りが経過したある日の事でした。

外来にて。医者:「XXさん、変なこと聞いて悪いけれど、なにかリスキーな行為ありませんでしたか?」と聞かれる。特にない旨伝えると、「実は、ウイルス量が急に増えていてCD4も下がっている・・・。通常、耐性が出来る場合何ヶ月か前からその兆候が現れるんですけど。ホントに急で一気になったって感じなんですね。保存してある前の何回か分の採血も調べてみますけど薬をかえる必要があるなぁ。」と。

そして保存されていた前の採血分も含めて遺伝子レベルでの解析が行われ後日その結果が出た。医者:「解析したら、今の薬がかなり効かなくなっている。したがって、薬をすぐに変えないといけない。今の薬をこのまま使えば、今の薬は効かなくなるけれど、今まだ使える他の薬も服薬しないで使えなくなる可能性が解析の結果から推測できる。」という結論。

薬を変えるには人それぞれ色々な理由(例えば:下痢やふらつき、臓器への影響などの副作用問題など)があると思う。私の場合は、今の薬が効かなくなりほかの薬もという、選択の余地が無い中での薬の変更でした。さらに詳しい検査でも「突然変異」としか言いようが無いとのこと。HIVの薬は抗生物質なのでいつかは「耐性」という問題に直面して薬を変えなくてはならないことも想定はしていたのですが、その日がこうも早く来たのにはオドロキと戸惑い。

薬は即日変更になり種類は2種類→4種類へ。あの「悪夢を見る」という噂の薬や食間薬(胃酸が多くなると薬の吸収が阻害されるのでで前後一定時間飲食を控えないと吸収率が落ちる。・・・・チト辛い。)も加わり、今まで1日2回の服薬タイムが3回に。大変そう・・・。

幸い「悪夢にうなされる」ことは一度も無く、薬を変えてウイルス量も減りCD4もある程度安定。服薬には注意していたのに・・・。突然変異って言われても・・・。でも変えなかったら今ごろどうなっていたのかと思う。(でも食間薬は面倒!!!気がつくと何か口にしていて「あ〜っ、しまったぁ〜〜!!」となる事があるので。)

ちなみに、薬は変更前:ネルフィナビルコンビビル。変更後:カレトラアバカビルddiエファビレンツ(ストックリン)です。


2003年8月1日掲載

20世紀のお話
東京在住
40代

過去に、一度だけ薬を変えました。たしか、1999年のことです。インジナビルの副作用で腎機能が若干悪くなってきて、ネルフィナビルに変えようという提案が主治医からありました。しかし、飲食業で働いていて、忙しくてトイレもいけないような環境だったので、下痢がひどかったらどうしようと迷い、抵抗していました。それに、当時は、エファビレンツ(ストックリン)も、カレトラもない時代で、ネルフィナビルに変えるのは、「最後の選択肢」だという思いが強くて不安でした。

セカンドオピニオンも、やはり、遅かれ早かれ変えるべきだろうとのことでしたが、決め手になったのは、未発売の新薬の情報でした。承認間近の有望な薬があることなどの情報が楽観的な気持ちにさせてくれて決断できたように思います。

結局、案ずるより生むがやすしでしたが、心配症な自分には、しかたのないドタバタ劇だったなぁと思っています。

2003年8月1日掲載

コンフォルト
東京都在住
50代
男性

私は1997年にAZT+3TC+AZT+3TC+インジナビルを飲みはじめ、2年後に味覚異常(甘みを感じない、何を食べてもにがく感じてしまう)がひどくてネルフィナビルに変えました。これも2年ぐらい飲んでいましたが、今度は下痢など体調が思わしくなく、ネビラピン(ビラミューン)を試してみました。これは一週間で湿疹がひどく出てしまいやめました。そのかわりにすすめられたのが、エファビレンツ(ストックリン)でしたが、めまいと、頭痛と、霧がかかったような感じのために3週間でストップ。結局、AZT+3TC+ネルフィナビルに戻すことになったのですが、今度は、同じ病院に通っている友人からの情報もあったので、炭酸カルシウムやロペミン(下痢止め)を医者に処方してもらい現在に至っています。

薬を変えるのは結構大変で、何より、主治医に言い出しにくいので、悩んだりもしました。
   

2003年8月1日掲載

考える人
30代
都内リーマン

僕は4年ほど前に投薬を開始したのですが、今までに一度薬を変えています。特に副作用があったりしたわけではなくて、ウイルス量が増えてきてしまったからでした。ウイルス量が増えだして3ヶ月くらい経って、たしか3,000コピーを超えた位の時に2種類の耐性検査を受けて、どちらの結果も耐性を示していたので薬を変えることにしました。しっかり真面目に飲んでいたのにと少し落ち込んだりもしましたが、しっかり飲んでいても耐性が出来てしまうこともあるらしいので仕方ないとあきらめました。

今の薬は、初めの薬の組み合わせと違って服薬スケジュールも複雑で副作用もあるので気にいってません。 最近、複数の副作用が重なって体調も悪いので、数値は安定してますが薬を変えることを医師と相談してます。 担当医師も薬をかえることには賛成してますが、すでに一度薬を変えているため今より楽になるような適当な組み合わせが見つかりません。 治験で出回っている薬が使えればいいのですが、枠がいっぱいで無理だということでした。
 
そこで医師が提案してきたのは、その薬が認可されて使えるようになるまで休薬をするということでした。もちろん注意深いスケジュールに基づいて服薬を中止しなければいけませんし、定期的な検査も受けなければいけません。しかし、副作用から開放されてしばらくの間だけでも、毎日薬を飲み続けるというこの脅迫的な心理状況から開放されるのは願ってもないことです。実際、最近は薬の夢を良く見ます。

絶え間なく薬を飲み継いでいって自分の薬の選択肢を狭めていってしまうということを遅らせることも出来ます。そのうち効き易さ、耐久性、飲み易さ等の様々な観点でもっといい薬が出来るかも知れません。この選択が最善かどうかわかりませんし、何か悪い結果を生むことも無いとはいえませんが、一つの選択肢として今真剣に考えています。

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