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  仕事や日常生活についての質問

Q11:地方で生活しています。医療や生活に関する情報の少なさや、サービス利用の難しさをどう補っていますか?
 
 
2007年1月30日掲載

茶畑の星
ゲイ
30代
静岡在住

自分が地方に住んでいて不安に思うことは、 「周囲に病気のことがばれないようにするにはどうしたらよいか?」と言う事。狭い地域に住んでいて毎月頻繁に病院に行けば知り合いに会う事の可能性は高く不安要素が多いです。また、地方の病院はHIVを専門に診ている科がなく診察日が限られています。 また、「満足のいく治療が受けられるのだろうか?」と言う不安もありました。 自分の住んでいる地域にも拠点病院は3つありますが、診察日・患者数を聞いて、どの病院に行くのも躊躇しました。

自分は病院を決めるにあたってインターネットなどで情報を集め、都内の病院に行くことに決めました。決めた理由は
・周囲にばれる可能性が低い
・診察患者数が圧倒的に違う
・月に1回の診察に通えない距離ではない
・診察日が仕事に併せて選べたこと

しかし、風邪やその他の軽い病気で長距離を移動して診察に行くのは大変です。その事を主治医に相談したところ、地元の拠点病院にカルテを作っておくことを提案され、紹介状を書いてもらいました。このように自分は病院を使い分けた方法をとっています。

HIVの治療は薬剤のカクテル療法が主流ですが、やはり地方と都内での専門医の知識の格差は否めません。自分が通っている病院でも、地方から治療での分岐点で相談に来ることが多いそうです。(例)・投薬の開始時期などの相談/薬の種類の選択や変更の相談/薬疹などの症状。このように、病状が安定しているときは地方で、治療での分岐点などに来たときはセカンドオピニオンとして診療数の多い都内の病院にいくことも方法の1つだと思います。

治療を始めるにあたって重要なのが、役所に申請する書類等です。HIVの投薬療法を始めるには、障害者自立支援法の諸手続きや障害者手帳の交付を受けなくてはなりません。地方の拠点病院でもソーシャルワーカーの制度を導入している病院であれば、最大限にプライバシーを配慮しながら相談にのってくれます。自分の場合は、全ての役所へ関する届出や資料などは、ソーシャルワーカーが病院を通して全て行ってくれました。自分が直接市役所にいく必要がなかったので、とても助かりました。 市役所から送られてくる書類に関しても、自宅ではなく病院経由で通院の時に入手するようにしています。

地方で一番大変なのが、心のケアの部分だと思います。自分も「孤独感や病気に対する不安感や恐怖」を持っていました。 この不安や孤独感は地方に住んでなくてもみんな同じだと思います。自分はHIVのボランティア団体にコンタクトするという行動を取ったことで環境や自分の状態が変わりました。地方はボランティア団体のない地域が多いと思いますが、 どんなところでもいいので一回行動を起こして連絡を取ってみると「きっと変わりますよ」自分そうでしたから。

2006年9月19日掲載

博多っこもどき
40代
ゲイ
福岡在住

自分自身の医療情報については、もちろん主治医から診察の都度、納得の行くまで毎回きちんと説明をしてもらえますし、精神的なフォローのためのカウンセラーもいます。また拠点病院の場合は、障害者自立支援法に関する諸手続きや障害者手帳の交付などについても、プライバシーを最大限配慮しながら、最も良い選択をソーシャルワーカーが一緒になって相談にのってくれます。私の場合は、役所への届出も、一切をソーシャルワーカーが病院を通して行ってくれましたし、役所の側も、HIV陽性者の抱えるプライバシー漏洩に関する恐れを十分理解してくれ、陽性者本人が直接窓口に来なくても、ソーシャルワーカー経由で申請を受理してくれる融通、懐の深さがあり、それはとてもありがたいことだったと思っています。ですので、この点については、福岡都心部と、東京の様な大都会の間に、そう大きな違いは無いのではないかと思っています。

しかしもし、私が現在居住の地域よりもっと人口が少なく、地域のつながりの濃い地域に住んでいたら・・・あるいはもしこれが、自分の生まれ故郷だったとしたら、きっと病院側にここまで行き届いたサービスを求める事は難しいと思いますし、行政側の対応ももっと融通の利かないものになっていたでしょう。私のふるさとでは、行政にも拠点病院にも、おそらく私の知人縁者がいる事はまず間違いの無い事で、そこで私個人のプライバシーが守られるなどという事は、到底望めない事のように思えます。ですから私は、現在の状況が許す限りは、ふるさとへ帰る事はないと思っています。

また、医療情報に関して、自分の置かれている病状や治療環境が、他人と比べてどうなのかという事については、プライバシーの問題もあり、病院内で他者と接触を持つことは医師から固く禁じられておりますので、情報を得る事はまずできません。ですので、もし自分の置かれた状況が、都会と比べてどうなのかという事を知りたいと思ったときは、自分でネット等を利用して都会の状況を調べたり、東京での陽性者同士の交流会に参加したり、地元のボランティア団体で情報を教えてもらったりするしかありません。

病院での治療やサービスについては、これが本来の公的機関の限界あり、地方も都会もおそらく変わりは無いのではないかと思います。ですから、その意味では、医療サービスにおいて、特に地方における不満というものはありません。唯一、地方ゆえの医療上の問題点といえば、医療機関、診察日が限られているために、どうしても病院内で陽性者同士が遭遇しやすく、狭い地域であるために、それが知り合い出会ったりする可能性が高いという事でしょうか。

病院がカバーできない部分のフォローや支えについて、福岡は地元福岡に、HIVのボランティア団体が存在してくれたおかげで、私はその恩恵を受ける事ができましたが、そういった団体無い地域においては、自分ひとりで孤独と不安、日常生活の不便に耐えていかなければならないという点が、地方における何よりの苦労ではないかと思っています。
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2006年8月10日掲載

朱美
東海地方在住
50代

私は告知後14年と長い年月をHIVと共にすごしてきました。その間、いろいろの事があり、現在、自分の生まれた所に住んでおります。病院へは2ヶ月に一度、検査のみ、薬は近くの開業医の所でもらっています。薬を飲み始めて9年余り。未だに2剤(3TC、AZT)で安定しています。その為、あまり気に入っていないドクターですが、かわらずに診療を受けてきました。

情報面は古くからの人間関係があり、苦労はしてません。今のこのおだやかな生活を維持できればと考えています。

2006年7月8日掲載

いなポジ0号
30代 男
ゲイ
関西の片田舎在住
家族同居

感染判明から1年、投薬はまだしていません。

先ず、現在の私自身の心境ですが、今は感染前とほとんど変わりありません。現在は、インターネットやコミュニティーも整備されているので、田舎モンであっても問題点をしっかり認識して対処すれば大丈夫だと感じています。

病院について―田舎の拠点病院ですが、今の所不都合を感じていないので、不都合を感じた時点で、病院を変えればよいかなぐらいに考えています。カウンセラーの方も、私にとっては必要十分な情報を与えてもらっているので特に不満はありません。分からない事や自分の希望は、どんな事であっても積極的に聞くようにしています。

障害者手帳の申請について―私の住んでいる所はド田舎で先祖代々的な農村です。役場に同級生や隣人がたくさん働いており家族のことも考えると、とてもじゃないけど申請など出来ません。選択肢として、都会での一人暮らしも考えましたが、結局、家族とも相談の結果、家賃や生活費を考えると健康保険で医療費を払うのと変わりがなさそうなので、健康保険を使うことにしました。どちらにしても重い経済負担ですが、今は仕方がないと思っています。

健康保険について―社会保険の場合は会社によって扱いが違うのでプライバシーの問題はかなり変わってくると思います。少なくとも私の働いていた会社では何の問題もありませんでした。しかし、私は途中で退職して国保になったので世帯主の扶養家族という形になり、世帯主名で数ヶ月毎に届く医療請求のハガキに悩まされました。結局この事がきっかけで、慎重に考えた末、家族へのカミングアウトをする事にしました。治療や診察に健康保険を使う場合は、保険の種類や転職時期なども十分に考えた方が良いでしょう。

ポジ同士の出会いについて―私は可能なときは、都会に出て各種団体が開催して下さっている会合や会食に参加する様にしています。遠方への参加は大変で出会いたくない人との遭遇などリスクは生じますが、当事者同士の意見交換はインターネットでは得られない情報も多いし、自分の状況を客観的に判断出来る良い機会になっていると思っています。また遠方に友達を作ることは、付かず離れずの状態が維持しやすくプライバシーリスクの軽減につながっていると思います。

ただ、同郷の人に会う可能性も高いので、リスク管理は慎重に行なうべきだと思います。最初のうちはこの事が心配でポジ同士の出会いにはかなり消極的でした。ちなみに私は、隣町の人に遭ってしまいました。

最後に、もし今、田んぼの真ん中で孤独感を感じていたとしても、すこし勇気が出せる瞬間に、自分が出来る事をすこしだけ実行すれば大丈夫。みんな悩んでいる事はよく似ています。大きな決断を迫られる時もあります、でも決してあせらずに自分にとって最良の選択をされる事を願っています。

2006年6月16日掲載

小宇宙 
30代
ゲイ 
和歌山

僕自身は関西の田舎に住んでいて、まず困ることは他の陽性者と繋がりにくい事。

僕が住んでるところは保守的な地域柄という事もあり、地元でのHIV・AIDSのコミュニティーはおろか、個人がHIV・AIDSに関して話す事自体、どこか遠くの国で起こっている事に詳しい人、もしくは興味がある人って感じ。

そんな状況下、東京や大阪のような都市を介して地元のゲイと繋がる事は出来ても、HIVの感染告知以来、わりと積極的にHIVに関連したコミュティーや場所などに参加している僕でも、未だ地元出身の陽性者と出会った事がない。

それだけ、ゲイであることや、HIVに感染している事実に慎重にならざる得ない地域性なのかな!?っておもってます。

都市部では、陽性者同士と繋がることで、精神的な意味での居場所を見つけていく事が出来ても、田舎の陽性者にとっては、陽性者同士の繋がっていく過程でのリスクが、決して都市部の陽性者と同じものではなく、人口密度の違いが、より陽性者を特定しやすくしてしまう状況があり、自分の事についての情報の開示はおろか、都市部での陽性者交流会への参加を足踏みさせてしまうような気がします。


2006年6月16日掲載

つばさ
女性
30代後半
東海地方

地方に住んでいるHIV陽性者といっても、私がHIV感染を知った12年前とはだいぶ事情が違っているなあと思います。一番の違いは、情報が得やすくなったことです。今はインターネットがあり、NGOやNPO 、そして陽性者個人がウェブサイトを持ち、欲しいと思った情報はたいていすぐにインターネットで検索して拾うことができるし、同じ立場の人とネット上で交流することもできます。

でも、自分がそれを利用しているかというと実はほとんどしていません。もちろん、買い物や旅の予約などネットは活用していますが、 HIVに関しては「自分がこの県で唯一のHIV 陽性者じゃないか」と思ったほど孤独だったときから、少しずつ対面で知り合った人たちと今もつながりがあるので、今の私の状況ではネット上の情報や交流が必要ないからかもしれません。そういう友達とメールで連絡ができるという点では、インターネットはありがたいです。

ほかの部分ではまだまだ、地方(とくに田舎)に住んでいると HIVに関しては不便&不利だなあと思うことが多いです。私の住んでいるところのように小さい町だと、近くに拠点病院があっても医者や看護婦が知り合いかもしれないと思って行けないので、結局遠くの病院に通うことになってしまいます。しかもそうすると、選択肢があまりないのです。障害者手帳も、ほとんどみんな知り合いみたいな役場には、代理であれ郵送であれ申請できません。面白そうな会があっても、すべて東京か大阪で開かれるから、何万円も交通費をかけて参加することはできません。

でも逆に、そういう制約があったからこそ、自分のコミュニティのなかの友達と、自分が HIVに感染しているということも含めて、何でも話せる関係を作れてきたのかもしれないとも思います。

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2006年6月16日掲載

KINさん
40代
中部地方在住

私は医療・治療に関して不便も不満もありません。もう直ぐ、発症から一年になりますが、医療・福祉各々の関係者は皆さん親切で丁寧でまったく不満などありません。ただ、恋人を見つけづらくなったかな?それに関しては、もう諦めたって感じです。

2006年6月16日掲載

うわのそら
20代
男性
ゲイ 
東京在住

僕は大阪に住んでいて1999年2月に陽性と判明しました。現在CD4が350ウイルス量50以下で元気に生活しています。大阪は医療に関しては申し分ないのですが一番、困ったのは相談したい時、すぐに対応してくれるサポートグループがあまり存在しないという事です。だから僕は困ったときは病院のソーシャルワーカーに相談するか東京のサポートグループに電話で相談していました。それと個人的にイヤだったのが大阪はHIVに対する偏見がセクシュアリティを問わず根強いと感じた事でした。なので僕は肉親と彼氏にはHIVのことをカミング・アウトしましたが友達などにはとても言えませんでした。

そして考えた末に3年前に東京へ引っ越しました。東京に住んでまだ3年あまりですがHIVのサポートグループが多く、福祉制度も充実していて、人々のHIVに対する偏見が少ないと感じています。僕自身は、東京に移り住んでHIVの病気に関しては、いろんな意味で少し楽になりました。

しかし、東京は大都会なので自然も少ないし日常でストレスを感じる事も多々あります。家賃や物価も高くて経済的にはけっこう厳しい面もあります。ですから同じHIV感染者といっても、それぞれ価値観は100人100通りですし、いちがいに東京在住をお勧め出来る訳ではありません。

2006年6月16日掲載

Hill
30代
福岡在住

告知を受けてもうすぐ2年になります。現在は月1回の採血と診察、そして午後からカウンセリングという形で通院で丸1日使っています。…というのも、現状から言うと福岡は東京ほど病気に関するコミュニティが少なく、対話による情報交換などの場は主にこのカウンセリングの時間がすべてということになります。しかもそのカウンセリングが月曜日だけと決まっているので、実際はカウンセリングの曜日に通院を合わせてあるような形になっています。

医療に関する情報の少なさに地域差がある事は先日東京に行って身をもって感じましたが、ただ、僕はこの状態で十分満足している…というのがホンネです。確かにたくさんのコミュニティ、サービス等選択肢が増える事、身近にあることは良い事なのですが、それが自分への「甘え」になるのではないか?という不安があるからです。

自分から積極的に探して、調べて、それを通院の日に医師と相談したりカウンセリングの時間に先生と話をしたりしてその情報を確実なものにしていく、この方法が自分にはあっているのかな?と思っています。それと逆にコミュニティが身近にあるというのも相談しにくいという感覚を持っているので(自分の身近な人には病気の事を言っていないので)かえって離れた所の方が相談しやすいのかな?とも思います。

2006年6月16日掲載


龍騎(りゅうき)
40代
男(ゲイ)
京阪神を除く近畿圏

(告知後1年半 CD4 200後半〜300前半)

現在私は近畿圏(京阪神を除く)地区に住んでいます。県内には拠点病院は2箇所あり、私が通っている病院は専門科ではなく血液内科という診療科に通っています。医師は3名いて1名は新人です。私が担当している医師は同じ病気の患者を4〜5名ほど担当しているようですが、専門的に扱っているわけでないので多剤薬剤耐性などの臨床の経験は少ないようです。ただ教授をチーフとした医療体制をとっているので重要局面では協議して治療を対応しているようです。私自身CD4が200前半をうろうろしている時は診療に入る前に審議をしているようで待たされました。

精神面のサポートは1年半ほど県委託のカウンセラー(派遣カウンセラー)に話を聞いてもらいました。ただ情報面ではインターネットに頼らざるを得ない状況です。しかしインターネットでは限界があり、大阪や東京に行ってオフ会などで情報収集しています。実際の同じ病気の人と話すことでだいぶ不安や新しい情報を得ることができました。

現在まだ未投薬なのでいいのですが実際投薬が始まる前などは相談する人が担当医しかいなく不安があります。薬はコンビビルとカレトラを出すそうで都市部のような色々なレジメンでは処方されないようです。また、いろんな人と話して本当に一人一人置かれている環境や状況の差に驚いています。ウイルス量をとっても100万から80(未投薬で)CD4も200くらいから600くらいの人もいます。すぐに投薬に入るひと、10年たってもまだ大丈夫な人といろんな人がいることがわかりました。これは実際に会って話を聞かないと知らなかった事であり大変役に立ちました。

オフ会で知った事はやはり地方ではいろんな情報面での遅れを感じます。障害者自立法にしてもMSW(医療ソーシャルワーカー)から情報があまりありませんでした。直近の3月になってやっとわかりましたし、手帳も自力で取得しました。確定申告や障害者控除も皆から聞いたりしてやり、ぷれいす東京さんやLAPさんに大変お世話になりました。関西のfollowではいろんなひとの出会いと話が聞け、今の私にとって大変助かりました。1人だったら自殺したかもしれません。今も抗鬱剤と抗不安薬は手放せない状況です。


2006年6月16日掲載

はんきー
165/60/50
ゲイ
京都在住

地方都市に住んでいると,東京などとかなり環境が違います。特にブロック拠点病院以外の医療機関にかかっているとなおさらです。覚えておかなければならないのは「主治医などが正しいとは限らない」と言うことです。HIV/AIDSについては,様々な情報は非常に早いスピードで変わって行っています。拠点病院のドクターも他の診療科目を持ちながらHIVの診察も行っているという状況であり,最新の知識を持っているとは限りません。これを読んでいる方はネット環境にあるのだと思いますが,HIV/AIDSの最新の情報はネット上にあると考えても間違いではないと思います。

自分でも情報を仕入れ,勉強しましょう。主治医の判断にまかせるのではなく,自分の思いや知っている情報を主治医に伝え,主治医と一緒に考えましょう。そのことによって医療機関も育って行きます。もし,主治医がそのことを拒否するようであれば,病院を変えることを考えてもいいかもしれません。大都市と違い,僕たち自身が医療環境を整えて行くという姿勢が重要だと思います。

だといって,ひとりですべてがんばる必要はありません。まず,だれか相談できる人を一人つくりましょう。まわりに見当たらないならネット上でもかまいません。もちろん僕でよければ相談にのれるかも知れません。なにより大事なのは,自分自身にとって一番安心できる居心地のいい環境をつくって行くことです。先の長い話しです。大都市のようにスタッフのそろった医療機関やサポートグループがなくても,自分が当たり前に働き,当たり前に生活できることを目指しましょう。僕らはみんなつながっていますよ。

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