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  仕事や日常生活についての質問

Q10:将来設計をどう考えていますか?
 
 
2008年4月5日掲載

北風小僧の寒太郎
30代
ゲイ
感染者
都内

今では感染しても20年は生きられるかもしれない(自分は生きたい!)時代。今から老後までの人生設計をしておくことって、とても大切なように思います。ゲイであることだけでも、単身高齢者としての生活はどうなるのかという不安。。。その上、HIVという十字架を背負ってしまって。。。現在では感染者を受け入れ可能な老人福祉施設は皆無に等しいとか。将来どうなるかわかりませんが。

「どうして悲観的な考えばかりするの?」と思われるかもしれませんが、充実した未来を迎えるためには、将来のリスクを予想し、備えておくことが必要だと思っています。そうでなければ、「明日は明日の風が吹く」では、楽観視すぎやしませんか?世の中そう甘くないような気がします。

そのために自分が考えていること。
・夢を持つ(当面の自分の夢は「マンションを購入すること」。生きること、仕事を続けることの励みにもなるし、賃貸でない一家の主としての自信も出るかも。団信の制約もありますが、やり方によっては購入も可能なようです。何があっても「終の棲家」があるってことは、自分にとってはいいような気がします)
・節約生活をして極力「貯金」すること(この病気になると、いつどんな出費があるか未知数です。貯蓄は心の安心にもつながります。周囲の人に金銭的迷惑をかけているのに病院のベッドの上で闘病生活に専念できませんしね。マンションの頭金も必要ですし。資産運用の勉強も必要かなと思い始めています)
・一生もんのパートナーや友達をつくること(心の充足感はこれに尽きます。こればっかりは、自分は現在苦戦中です(汗))。

2008年4月5日掲載

ポリエチレン
30代 男性
東京在住

感染を知るまで、はっきり言って無計画でした。今が楽しければいいじゃん。という快楽主義。今は、将来のことを考えるようになりました。死ぬ時から逆算してそんなに時間は残されていないことに気づいて、これからの時間をできるだけ実りあるものにしたいなと思い始めました。僕は発症してないし、未投薬なので、これからしっかり体調管理することでまだまだ先は長いと思っています。それと人間関係を大事に考えるようになりました。やっぱり一番大事なのは人間関係だと思います。

2008年4月5日掲載

川田アキラ
40代
ゲイ
感染7年目

この病気になって7年目となり、2006年から2007年にかけて入退院が続いたため、現在は生活保護を受けて生活していますが、以前勤めていた仕事に(会社は変わりますが)復職できる見込みができ、今はその準備に追われる毎日です。やはり社会人、オトコですから、自分の生活ぐらい自分で面倒見られるようにならなきゃいけないな、って思ってます。自分に余裕ができれば、人を思いやる余裕ができると考えているので、今は自分の生活を安定させるための期間と割り切っています。

両親は離婚して、自分は母親とのみ繋がりを持っているので、将来的には母親との同居も視野に入れています。「私より先に死なんといてな」と釘を刺されていますから(笑)

パートナーは・・・まぁいちばん難しい問題ですが、相手にポジであるかを告げるかどうかの問題も含んでいるので、その辺は慎重にならざるを得ません。ただ自分の周りでもカップルがデキている現状を見ると、ひとつの懸案事項として考えて行くつもりです。

2005年11月17日掲載



20代後半
ゲイ

感染が分かってもうすぐ1年、今現在(2005年10月現在)は引っ越す前の場所でも続いていた生活保護のもとでの生活が続いています。この生活が長く続くわけではないのですから、将来となると不安が募ります。このままだといけないから仕事だって始めなければいけないし、貯蓄もしなければならない、もしかしたら老齢になったときの親の介護が必要になるかもしれない…、自分を取り巻く環境は複雑です。

僕は田舎にいたときに負ったトラウマがあり(いじめとか騙されたりとか)、それを思うたびに田舎には申し訳ないけど、その当時がフラッシュバックされてしまうので帰りたくても帰れないと思ってしまうのです。ですが、両親ももう50代後半、そして重度の障害を持った妹もいるのでそれを思うと胸が苦しくなります。しばらく田舎にも帰ってないからなおさらに…。

病気に関しては感染が分かった当初に話しました。セクシャリティは田舎にいた頃に話していたので問題はありませんでした。周囲は幸いにも分かってくれる人に囲まれていたので安心しています。両親には申し訳ないけれど、トラウマのある田舎に比べたらひとりの生活のほうが気兼ねなくいられます。いまさらですが、自分のことにはそれ以上の責任を持たないといけませんけどね…。

それにそろそろ年齢も年齢だから落ち着いてパートナーも欲しいなぁとか切実に思ったりするのです。普通に知人と遊んだりする分には変わらないけれど、ただ前より変わってきたのは、セックスについてネガティブになってきたことです。コミュニケーションや仲を深めたいときにあっていいのかもしれないけど、病気になってからは全然していないです。することが怖くなってきているのかなぁ。確かに心掛ければいいものの、相手の理解だってこれからは要になってくる。それを受け入れてくれる相手が欲しいなぁと思うのも事実です。

あとは自分に何かの楽しみを見つけていくことですね。自分には病気によってのリスクやデメリットはあるけれど、何も可能性を閉じられたわけじゃないですからね。寧ろ今のほうが昔より前向きかもしれないです。

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2005年11月17日掲載

ヤス
30代
セクシュアリティ:同性
東京
会社員[営業]
感染が発覚してから9ヶ月

この病気になってから色々、将来のことを考えるようになりました。明るい将来ではなく、前途多難な将来…。

今、思う将来の不安や悩みは…
  1. 仕事
    今後、自分がHIV以外でどんな病気になるか分からない。だから、生命保険に加入したいと思いましたが、後の祭り、色々調べましたが、HIV感染者は引受謝絶。やはり、今後のことを考えると費用[お金]は貯めないといけないと思う。でも、今の仕事の収入だけだと、正直、不安。だから、専門的な資格を取得しなければならないと考えています。今の仕事は決して嫌いではないけど、高収入を得られないと思う。資格を取得するとしても今の仕事に派生する資格を取得したいと思っています。
  2. パートナー
    自分は感染が分かって、パートナーに伝えましたが、その後、パートナーとギクシャクしてしまい、結局、分かれることになりました。以前のパートナーは言葉の暴力が酷く、殺意を抱いたこともあり、暫くはパートナーは要らないと思っていましたが、パートナーと別れてからかれこれ4ヶ月経過しようとしています。
    この頃、一人は寂しいから、パートナーが欲しいと思うようになりました。自分はヘテロの人でも、ポジの人でもどちらの人でもいいと思っていますが、それぞれ不安が過ぎります。だから、なかなか積極的になれません。あまり焦らずに自分に合う人を探すしかないのだと思います。
  3. カミング・アウト
    幼なじみ以外にはHIVに感染したことをカミングアウトをしていません。私の両親は70近く、HIVの知識は皆無だと思っています。カミングアウトをしたら、30数年一緒に過ごしてきて想像できることは多分、嘆き、悲しみ、最悪、命を絶つことも考えられます。さすがにカミングアウトは出来ません。してはならないことだと思っています。それが自分ができる親孝行なのだと思っています。だから、服薬も避けたいし、健康でもありたい。でも、残酷なもので、CD4が下がってきた影響で身体に偏重をきたしているから、悟られてしまうかもと恐怖に怯えています。賛否両論あると思いますが、分かってしまう前に一人暮らしをして、逃げてしまうのも一つの手かもと思ったりもしています。
  4. 老後
    多分、将来、一人なんだろうなと思っています。お金を貯めて老人ホームに入りたいです。絶対に孤独死はせつな過ぎます。でも、考まだ、30代だし、考えるのは早過ぎなあ?時たま考えるんですよね。自分の老後。
同じ立場の方がたくさんいるし、サポート団体もあります。色々な方々のアドバイスも受けながら、慎重に将来のことを考え、不安や悩みを解消していきたいと思っています。

ただ、他人に結論を求めるのではなく、あくまでも意見として捉えて、自己責任で前向きに将来のことを決めて行きたいと思っています。

2005年10月11日掲載

たつや
30代
男性
バイセクシュアル
東京
サービス業

感染して約2年半、服薬はまだのものです。

将来設計について私は、健常者であった以前の私と比べたら変わったと思います。もちろん病気のせいです。結婚して幸せな家庭を築き、バリバリ仕事して出世して、老後はお互い支えあって元気に生活して…みたいな感じで思い描いていました。

でも今は結婚どころか、最近はこの病気のせいで、恋愛、特に女性を好きになるということが出来なくなってきていることに悩んでいます。病気のせいで子供を持つこともリスクを伴うし、何よりも幸せに出来ないのではないか…と。

でもなってしまった事は仕方ないし、現実を受け入れなければなりません。将来設計とかあまり先のことは考えずに、なるべくストレスを溜めないように心掛けて、一日一日、前向きに仕事もプライベートも今を頑張っていけば良いのではないでしょうか。

2005年10月11日掲載

M.A
30代 男性
東京在住

病気が判明して六年。薬も順調に飲み続けている。検査の数値も安定し、仕事もなんとかこなしている。将来は家族を持ちたい。病気に理解のある女性と結婚することができた。後は子供が欲しい。いくつか問題もあるが、諦めずにチャレンジし、幸せな家庭を築きたい。

2005年10月11日掲載

たかし
40代
ゲイ
都内在住

もともと将来の展望がちゃんとあったわけではなかったので、感染を知ったことをきっかけにいろいろと考えるようになりました。

親や自分の老後についてとか、仕事のことなどです。私自身もうすぐ50代になりますし、親は70代。HIVがあってもなくても惑う年代なのかもしれません。いつまでも若くはないということを、頭では分かっていたつもりですが、実際にHIVという慢性疾患と付き合うようになって、はじめて現実的に、それも前倒しで考えるようになったのでしょう。

それから、感染を知ってから初めて自分のセクシュアリティに向き合ったことも大きいです。親の期待していた「孫に囲まれた平凡な老後」は、私の期待する将来ではないことをはっきりと知りました。HIVのこととゲイであることも伝えたのですが、それは私にとっても、親にとっても大きな出来事でした。

考えるのをずーっと避けてきたことを、HIV感染告知をきっかけに、この年になってから初めて直視したというわけです。それなりに大変だったのですが、いまは、うやむやになっていた将来設計がスッキリと見えてきて良かったと思っています。

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2005年10月11日掲載

山口
男 東京都
40代

あまり考えてもしょうがないので将来設計などは考えないようにしています。言葉は直接的ですがなるようにしかならないのですから。考え込むことでストレスを溜め込んでいくほうが危険でしょう。

2005年10月11日掲載

koji

地方に住む31歳男性です。今年の1月に術前検査で陽性であることが分かりました。その告知の仕方も電話でされたという、デリカシーのない形でした。

私には、付き合って5年になるパートナーがいるんですが、告知を受けたその日に彼に打ち明け検査を受けてもらうことにしました。幸い彼は感染していませんでした。彼が陰性であることが分かった時点で、別れる事も考えませんでしたが、彼の愛情に甘えることにしました。

感染が分かってから、将来についてもいろいろと考え、少しずつ前へ進もうとしています。今考えていることは3つあります。

第1に転職を考えています。これは、今の職業が肉体的にも精神的にもきついということと、次に計画していることにつながってくるからです。

第2に彼との同棲を考えています。と、いうのも彼が今住んでいる所を離れなければならないということと、私と同じく転職を考えているからです。だから、出来れば彼と一緒に住める所から、両者が通勤しやすい場所に転職先が決まれば言うことないんですが。

第3にこれは私の希望なのですが、養子縁組を考えています。仮に一緒に住むことが出来て、何年か先に私が入院とか、もしもの事があった場合、そのほうが事務的な事とか有利かなと思いまして。この場合、両者の家族に告知しなければならないという問題がでてきますが。

2005年10月11日掲載

いねむりねこ
都内在住
30代

重篤な肺炎で入院してから数年が経っています。そして薬の副作用により何度か薬剤を変更したことがあります。親や兄弟等には告知済みで、入院直後は実家で同居していました。現在ではこれといって特筆することはなく、都内で一人暮らしをしています。

将来設計は、年齢や環境、人との関係によって、考え方に変化があったと思います。

まず肉体的なことでは体を本格的に作っていきたいです。以前はさほど体を動かすことに興味がなかったので、筋肉量が足りないからです。体重を上げながら自重に耐えられるほどのバランスの取れた筋力と持久力をつけていきたいです。ついでに、仕事ももう少し体を使うことがしたいですね。20代のころと違って、頭だけ使うより、体も動かすことが楽しいと思えてきたからです。

パートナーは大切だと思える相方が増えていけばいいですね。そしてそれぞれの関係と距離を大事に作っていきたいです。でも、セックスは自分が気の向いたときに好きなだけというのがいいですね。それは無理してやっても、抑えても仕様がないですし、面倒だからです。楽しめなければ意味がないですからね。

そして親とのことはもうしばらく時間をおいて考えてみます。時間の経過や互いに歳を加えるにつれ、状況や状態、考え方が変わっていくこともあるのだということを、先達のことを知り学ばせていただいたからです。絶対こうしようというのはぼんやり考えること以上でもないのかなと感じています。

ひとまず将来設計に関しては何とかなることも多いので、余分なものを抜いて、柔軟さを保っていることがいいのかなと思います。あとは時折自分を振り返って、ほどほどさ加減と自然な流れを意識することですね。

2005年10月11日掲載

pikepapa

40代
バイセクシュアル
東京
会社員

告知を受けてから
そろそろ1年3ヵ月

感染からいきなりの発病を経験した者にはなんら考える猶予はなかったのが現実です。ポジと判って服薬まで月日があればいろいろ調べなければならないこと、 病気そのものの再勉強、今の会社(仕事)との付き合い方、いろいろプランは練れるでしょうが(ああウラマシイ)。

自分の場合は発病→入院→退院→引越し(今までのノンケの友達と縁を切る=電話も住所も知らせぬまま)しました。会社は何とか他の病名のせいにして、今までどおりに通ってはいますが、残業などは今までどおりにはしない約束とともに給料大幅カット状態で、なんとか凌いでいます。

特にこれから結婚や出産(子供がほしい男性にしても)を希望している人は計画を考えるのが大変でしょうね。何の確約もないけれど、いつか秀逸な薬が登場することを期待する(若い人の特権)ことも可能なのですから。もちろんそうなればそうなったことに越したことはないけれど、ただ時間だけが流れていくのであれば、それは若くても年をとっていてもそう変わりはないですよね。

悲観的なことばかりを言いたいつもりはないのですが、感染者がますます増えて、特別な疾患ではなくなりつつあり、まして更生医療の見直しも政界でいわれ始めると、ジェネリック薬化がまだ望めないHIVにあっては自己負担金もどうなることやら。けっして明るい未来が待っているとは思えません。といって落ち込んでばかりはいられないから、みんなでがんばりましょう!、とこれは模範的回答というオマケです。それぞれ悩んで考えて!

最後は自分はどう生き抜くか、という問題じゃないですか。

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