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  よくある質問集告知直後によくある質問

Q8:最近HIV陽性だという検査結果を知りましたが、まだ病院に行っていません。特に症状など何もないのですが、すぐに病院に行った方がよいのでしょうか?皆さんの経験を教えてください。
 
 
2008年2月9日掲載

アキコ
20代 女性
東京
感染して間もなく4年

自分の状態がどんな風なのか分からないと不安だったので、感染が分かってからすぐに検査に行きました。

私は将来は海外に住みたい!という夢を持っていました。医者の「まだ感染初期で服薬は開始しなくても1ー2年は大丈夫」という言葉が後押しになり、「出来るうちに夢を実行しよう!」と夢を実現に踏み切ることができました。行き先が発展途上国だったので、衛生面や医療面で医者にかなり心配されましたが、結果的に健康に支障をきたすことなく、2年間の海外生活を楽しみました。今でも可能なら行ってしまおうとひそかに思っています。

全員に言えることではないのですが、自分の状態が把握できれば、私のように人生設計を立てやすくなるというメリットも、多少はあるのではないでしょうか?

2007年9月8日掲載

バタートースト
男性 (GAY) 30代
都内在住 会社員

(告知後2年 服薬開始後3ヶ月)
治療だけではなくて、この病気についての情報を得ることができる機会でも あるので、まずは一度病院に行ってみてはいかがでしょうか。僕も症状は特に無く、告知だけ受けた状態で病院に行きましたが、病院の治療体制などを知ることができたので自分自身の不安を取り除くきっかけにもなりました。


2005年6月21日掲載

柚木浩
40代 GAY
告知後1ヶ月

ぼくの場合は初めから検査後結果が+なら、できるだけ早く病院に行ってCD4ウイルス量を測定してもらうつもりでした。それまで随分遊んでいたし、+は50%くらいかなと思っていたので告知もやっぱりという感じでした。あらかじめ詳しい本を読んでから告知を聞いたので、ほとんど落ち込むことなく平静に受け止めれました。ただその後病院に行くまでと、血液検査がわかるまでが不安でした。すぐ投薬が必要だったら辛いなと思ったからです。でも結果はCD4は700以上あって、ウイルス量も9000なので当分は経過観察ということで、良かったです。仮にもっと悪い結果だったとしても、今では薬もよくなってきているし、死に至る病ではないので、是非病院に行って検査をしてもらうことを勧めます。発症してからという考えもないことはないでしょうが、そのメリットは何もないと思います。

都市部なら、拠点病院に行けば体制が整っていてチーム医療に当ってくれますし、この病気のデータやノウハウがあるので好都合です。ぼくの場合もいいスタッフに恵まれたと思っています。情報が得られるということもあるし、是非病院に行ったほうがいいと思います。
 
2005年5月19日掲載

おじゃる丸
40代 ゲイ
東京在住

感染が判明した時点では、早めに拠点病院へ行ったほうがよろしいかと思います。

自分の場合はほぼ一ケ月以内に病院へ行きました。病院に関しては検査した保健所で紹介してもらいました。その時点では全くと言って症状は無かったのですが、数値としてはCD4は220、ウイルス量は50000コピーを超えていました。すぐには服薬とはなりませんでしたが、コーディネーターナースから一時間以上に渡って、現状のHIV治療・医療費の問題等の説明を受けました。

病院へ行くまでにネット等で検索して色々調べましたが、百聞は一見にしかずという言葉がある通り、現実に治療に携わっている担当医やナースの話が聞けた事が最大の収穫だったように思います。(たまたま自分と担当医・ナースとウマがあったという事もあるとは思いますが)人それぞれだとは思いますが、自分としては早めに病院へ行く事をお勧めします。
 
2005年5月19日掲載

歌うこぐま
30代 男性
東京都下在住

自分の体験からいいますと、すぐに病院に駆け込むようなことはしませんでした。

検査イベントの結果陽性だと判明しましたが、体調不良などはなく、『どこの病院いいのか?』『その基準はなにか?』ということも分からなかったからです。しかしその一方で、今現在どの程度症状が進行しているのか不明なため、常に不安が付きまとってしまうこともあり、早めに病院を決定したいとも思っていました。ネット等で情報収集しましたが、軽いパニック状態のためか思考がまとまらず、自分一人ではなかなか病院を決定することが出来ない状態でした。

最終的には自分だけでは決められないと判断し、知り合いの紹介により【ぷれいす東京】に相談を持ちかけまして、自分のライフスタイル等に適合しそうな病院を決定しました。
 
2005年5月19日掲載

say
otoko
30代
ゲイ

(居住地域・東京湾岸、職種は今無職、今値がCD4は200を切りRNAは10万オーバー。)

2002年夏の誕生日に保健所で血を抜いた。それから2週間後陽性の告知を受けた。それから二年半経って、初めて拠点病院で治療を受けることにした。(保健所でもらった診断書は無効になっちゃったけど)

その間何人かのポジ友に知り合い、何度か病院に行くように勧められるが拒否した。なぜかというとオレはまだ頑張れると思ってたし、病人なんだけど病人だってこと認めたくなかった。それにちょうどそのとき生活をするために頑張って働いてた時期で病院なんていってる暇ないって言い訳してた。自分が病気になったことを肯定したつもりでも、自分を信じて生きていきたかったから、そして病院に行かず今やりたいことをチャレンジしたいって思ったから病院には行かなかった。

過去を振り返ると「これでよかった」とオレは思う。自分が納得出来たときに病院に行けたから。。

自分は結果的に治療を引き延ばしにしたけど、もし体調が悪くなったら病院に行ったほうがいいし、無理に病院に行かなくってもいいと思う。「これでいいんだ。」って自分が納得したら行ってもいいんだよ。ただ他の人に言われたから人の言いなりになるのは無責任。自分自身の事なんだから決めたことは責任を持つべきだと俺は思う。そして自分の感情や意思を大切にしてもいいとオレは思う。

P,S保健所で診断書を必ずもって初診を受けましょう。(オレの場合は告知当時のものを持っていったんですが二年以上経っていたため無効となり、受け付けてもらえませんでした。おかげで余分にお金がかかってしまいました。なので時間の経過している診断書は再交付してもらいましょう)

 
2005年4月1日掲載

luke

私は、陽性確認後8年間は病院に行きませんでした。時代もありますが、その当時の対応方法が、即投薬でしたので、副作用の影響で長期生存が望めませんでしたので、薬が開発されるのを期待していました。

現在は投薬をしていますが、開始はCD4、50と先生が心配する状況でしたが、今は200ぐらいを維持し特に支障なく生活しています。風邪を引きやすくなるなど感染症に対する健常人との違いを理解していけばよいと思います。ただ、ウイルス量のチェックと、CD4の値は一度確認しておく必要はあります。


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2005年4月1日掲載

いちご大福大好き!
40代
ゲイ男性
東京

僕は1997年に結核を発症して、病院からの検査の勧めで陽性とわかったので、あなたの様な経験はないのですが、先ずは勇気を持って検査を受けに行った事に拍手をします。僕はその勇気がなくて 結核を発症してしまいました。不安な行為は数知れず、どこかで強い不安がありながら検査すら怖かったのです。

ただ、今考えるともっと早く受検していれば良かったと思います。そういう状況になると、結核の治療が優先になりますし、退院するまで、HIVの治療は何も手付かずの状態でしたから、不安もWで来る始末。ゆとりがなかったです。幸い最悪の状況にはなりませんでしたが、 早めの治療は大切だと思います。重篤な状況を招いてからの治療は大変だと聞いています。

折角のチャンス!検査に行った「あなたの勇気を無駄にするようなこと」だけはないようにと願ってます。


2005年4月1日掲載

みなみな
40代
女性
首都圏在住

私は勤務先の途上国で感染し、告知されました。すぐに死ぬと思って頭の中が真っ白になり、自殺しかけましたが、ネットでいろいろと調べていたら、ある拠点病院のHPで「エイズはもはやすぐに死ぬ病気ではない」という一文を見つけ、日本に帰ろうと思い、任期を短縮して帰国、空港からその病院に電話しました。事情を話すと、「すぐに来なさい」といわれ、空港から直接かけつけました。すると、医師や看護師さんたちが2時間余り、エイズについてと今後の治療、福祉等について懇切丁寧に説明してくれ、最後に「大丈夫ですよ」と言ってくださって、 生き返ったような気持ちになり、以後投薬もまだで、落ち込むこともありますが、前向きに生きています。

この病気と付き合っていくには、最初に正しい知識を身につけることが大切だと思います。情報が氾濫している時代ですから、きちんと自分の頭で理解することで、前向きに付き合っていけると思います。そのためには、早めに拠点病院に行って、自分の免疫力の高さであるとか、ウイルス量、今後の治療のしかたについて医師と話し合うことが重要であると思います。後は、常に自分の状態をきちんと把握することが大切ではないか、と思います。 少なくとも私はそれで救われましたし、投薬しなくとも大丈夫なように、健康を維持する生活を送ることができています。

2005年4月1日掲載

やっぱり
ネコが好き

40代

男性

ゲイ

東京在住

自分の場合、検査所で告知を受けたのが去年11月の日曜夕方。疲れやすい、ぐらいの自覚症状しかなかったけれど、NESTやら他のホームページでHIVに関する知識はある程度持っていたので、 告知の説明を受けつつも、頭の中ではすでに 「自分のCD4ウイルス量の値を、一刻でも早く知りたい」という、衝動に駆られてました。

自分が(数値的に)どの辺りにいるのか、というのを知るのは、とても重要なことだと思う。「まだ当分、投薬開始は不要」となれば、月1の通院で基本的に済むはずだし、 そうでなければ、投薬開始、あるいは即入院、等、状況は変わってくるから。

でも、翌日会社を突発で休めなかったから、普通の顔して出社し翌日の休みの申請して、火曜日に初めて病院にいきました。

「ひょっとしたら、検査結果は間違いなのかも?」という期待は、誰でもあると思う。そして、特に症状が出てないから、と放置するのは、自分の命を縮めることになるかも。自分が気がついてないだけで、体の内部で急速に進んでいることもあるのだし。

性格もあると思うけど、自分の場合は白黒はっきりさせたい性格なので、告知後、翌々日に病院に行き、よかったと思ってます。大した問題じゃないけど、 告知時に紹介状くれますよね?その日付から、あまり時間がたってると、初診時に怒られてしまうかも。。。

幸い、ウイルス量、CD4の値とも、まだ投薬開始ラインに至っておらず、現在は月1の通院で済んでいます。 ただし、合併症の可能性が出て、その検査が始まろうとしています。

2005年4月1日

超ポジティブ
おやじ

40代
男性
首都圏在住

約4年前に、別の病気で入院し退院したが、その後も体調が戻らなかった。医者に訴えたが、「精神的なものであろう」と取り合ってもらえず、自分から進んでHIV検査を受けたいと申し出たところ、陽性が判明した。右往左往した。医者は謝罪したが、その病院がHIVに明るくないことが分かったので、別の病院に変わった。変わる際に、ネット上で「ぷれいす東京」を見つけ、早々に相談に行った。また、同所に来ている感染者数名にも意見を求めて、 病院を変えようと自己判断した。結果的にそれは幸いした。すぐに投薬を開始し、4年目である。

自分なりに色々な闘いがあった。現在は体調も安定しており、仕事も普通にしている。むろんベターではあるが、ベストではない。アドバイスできることは、「犬も歩けば棒に当たる」である。自ら動けば、必ず得るものがある。ヘタってる場合ではない。現在の医療状況において、HIVはヘタる病気ではない。HIVは、病気自体が問題なのではない。それに精神的に負けてしまう自分が問題なのだ。また、泣いてもヘタってもよい。ヘタったら、次にどう起き上がるかを考え続けよ。「カッコつけるな」ではなく、「カッコつけよ」と言いたい。カッコつけることは大切だ。病気が教えてくれる何かを学べ。感染したことをチャンスに変えよ。 そして、自分にはできないとあきらめるな。自分なりのペースで闘えばいい。手を差し伸べてくれる人は、必ずいる。

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